東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)59号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いない甲第五号証(本願発明の特許出願公告公報)によれば、本願発明は左記のような技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる(別紙図面一参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、太陽熱利用集熱器、特にその選択吸収面に関する(第一欄第二四行及び第二五行)。
太陽熱利用集熱器の吸収面としては、太陽放射の波長帯(波長〇・三~二・五μm)において高いエネルギ吸収率を有し、集熱器運転温度と同一温度の黒体放射の波長帯(例えば、運転温度が一〇〇℃の場合は波長三~五〇μm)において低い放射率を有する、別紙図面一の曲線<5>に示されているような分光的特性が必要である。このような分光的特性を有する吸収面を、選択吸収面と呼ぶ(第一欄第二六行ないし第三四行)。
銅に各種被膜を施した吸収面が実用化されているが、それらは耐久性、耐熱性、耐蝕性及び密着性などにおいて欠点を有し、経済的にも問題がある(第一欄第三四行ないし第三七行)。
本願発明は、耐熱性及び耐蝕性が優れている不銹鋼に、化学的に黒着色を施して太陽熱利用集熱器の吸収面に使用することを目的とする(第二欄第一行ないし第五行)。
(二) 構成
不銹鋼の黒色化成処理には種々の処理方法が知られているが、太陽熱利用集熱器の選択吸収面として不銹鋼に化成処理を施して被膜を生成させる場合、硫化酸化法による被膜は大気中において不安定であり、溶融塩浴法及び電解融化処理法は処理温度及び処理設備の点で問題が多い。これに対して、酸性黒色酸化法及びアルカリ黒色酸化法による酸化被膜は、非常に安定的であり、処理に当たつても問題点がない(第二欄第六行ないし第一五行)。
不銹鋼は、その熱処理特性及び顕微鏡組織によつて、マルテンサイト系、フエライト系及びオーステナイト系に大別されるが、このうち、マルテンサイト系不銹鋼は溶接性に問題があり、太陽熱利用集熱器の選択吸収面としては不適当である(第三欄第五行ないし第九行)。
(三) 作用効果
別紙図面一は、本願発明によるフエライト系及びオーステナイト系不銹鋼に黒色酸化法によつて酸化被膜を施した選択吸収面と、他の選択吸収面との分光反射特性を比較したものである。曲線<1>は本願発明によるフエライト系不銹鋼に酸化被膜を施した吸収面の分光反射特性、曲線<2>は本願発明によるオーステナイト系不銹鋼に酸化被膜を施した吸収面の分光反射特性を示す。曲線<3>は銅にアルカリ黒色酸化法によつて酸化被膜を施した吸収面の分光反射特性、曲線<4>は鉄に適当なストライクメツキを施したのち黒色ニツケルメツキを施した吸収面の分光反射特性を示す。曲線<5>は、一〇〇℃の運転温度を有する集熱器の選択吸収面における理想的分光反射特性である(第三欄第一〇行ないし第二三行)。
銅に酸化被膜を施した吸収面は、波長四μm以上の長波域において非常に高い反射率を示すが、太陽放射の波長域(〇・三~二・五μm)においては、拡散反射率も含めると、不銹鋼表面に酸化被膜を施した吸収面(曲線<1>及び曲線<2>)より三~五%も高い反射率を示す。これに対して、曲線<1>で示されている本願発明によるフエライト系不銹鋼の選択吸収面は、波長二・〇μm以下においてその反射率がほとんどわずかであり、それ以上の波長域における反射率はかなり高く、銅の選択吸収面と比較してもそれほど差がない良好な選択吸収面が得られる。さらに、曲線<2>で示されている本願発明によるオーステナイト系不銹鋼の選択吸収面は、フエライト系不銹鋼の選択吸収面と比較すると、集熱器運転温度と同一温度の黒色放射の波長域における反射率が若干下回るため、選択吸収面としての分光的特性は多少劣るが、オーステナイト系不銹鋼の優れた耐蝕性及び溶接性を考えると、太陽熱利用集熱器の選択吸収面として十分な商品価値を有する(第三欄二四行ないし第四二行)。
このように、本願発明によるフエライト系不銹鋼あるいはオーステナイト系不銹鋼の選択吸収面は、良好な分光的特性を有し、かつ、不銹鋼が有する独自の耐蝕性及び対熱性を維持するので、太陽熱利用集熱器の選択吸収面として有利である。また、フエライト系不銹鋼及びオーステナイト系不銹鋼に黒色酸化法によつて施された酸化被膜は均一な安定した被膜であつて、不銹鋼本来の耐蝕性を減ずることはない(第三欄第四三行ないし第四欄第七行)。
本願発明によるフエライト系不銹鋼あるいはオーステナイト系不銹鋼を化学的に黒着色して成る選択吸収面を太陽熱利用集熱器に使用すれば、優れた集熱効果が得られる(第四欄第二六行ないし第二九行)。
2 一方、引用例1及び引用例2に審決認定の技術的事項が記載されていることは原告も認めて争わないところである。しかしながら、原告は、「引用例1及び引用例2に記載されている技術的事項からすると、不銹鋼を酸化処理して黒色化した面はいわゆる選択吸収性を有し、これを太陽光吸収面として使用することは、本件出願前の公知技術であつた」とする審決の認定を争うので、まず、引用例1及び引用例2に記載されている技術内容を検討する。
(一) 成立に争いない甲第二号証によれば、引用例1の報告文には、「太陽集熱器を効率よく使用するには、太陽エネルギに対する高い吸収率が不可欠である。本報告文においては、太陽エネルギ吸収膜についての基本的原理を再検討すると共に、太陽光スペクトル下において黒色を呈する幾つかの化学的処理を施した吸収面の反射特性を示す。」(第七九三頁上欄第五行ないし第八行)と前置きした上、左記の事項が記載されていることが認められる(別紙図面二参照)。
a 太陽エネルギは幅が広く強度が低いエネルギ源であつて、その経済的実用性は、収集、保持及び利用の効率性に依存する(第七九三頁左欄第二行ないし第四行)。
b 図1によれば、太陽エネルギは九五%以上が〇・三~二・〇μの波長に存在し、一方、低温度(三〇〇°K以下。「三〇〇℃以下」とあるのは「三〇〇°K以下」の誤記と認められる。)における黒体の放射エネルギの大部分が二μを超える波長であることが注目される。このことは、太陽集熱器は二μ以下の波長において強く吸収し、二μを超える波長において放射しないのが望ましいことを意味する(同頁左欄第四行ないし第一五行)。
c このように選択吸収面(α/ε>1)が望ましいが、αが一に近く、運転温度におけるεが小さいことが必須である(同頁右欄第八行ないし第一一行。なお、同頁左欄第一八行及び第一九行によれば、αは吸収率、εは全半球放射率)。
d 選択吸収面は、幾つかの技術によつて得られる(同頁右欄第一二行及び第一三行)。
e 太陽スペクトルを吸収するが赤外域においては透過性を有する表層を、コーテイングあるいは化学処理によつて形成する方法もある。研磨された金属のような赤外域における放射率が低い表面に、この層を形成することによつて、選択吸収面が得られる(同頁右欄第一七行ないし第二二行)。
f ステンレス鋼(304)をエバノールによつて黒色化した表面の反射特性が図4に示されている。右表面はFe3O4を主体とし、その反射特性は加熱あるいは紫外線照射に対しても安定的である(第七九五頁左欄第二九行ないし第三三行。なお、第七九四頁右欄第二八行ないし第三〇行によれば、エバノールは、NaOHとNaClO2の混合液)。
g エバノールによる化学酸化処理は、五~一〇%と比較的低い反射率を有する太陽熱吸収用の黒色の層を形成する。これらの金属酸化物は、近赤外において透過性を示さないので、選択吸収面となることはto any geat deqree(大きな程度には)期待できない(第七九六頁左欄第二二行ないし第二六行)。
h m=2に対する太陽吸収率は、エバノール処理した340ss〇・九一、エバノール処理した1018鋼〇・八八、エバノール処理し艶出しした銅〇・九一、Cu2S〇・七九、Pbs塗料〇・九四である(同頁右欄第三行ないし第六行。なお、第七九三頁左欄第六行及び第七行によれば、m=2とは、光学的大気質量)
(二) また、成立に争いない甲第三号証によれば、引用例2は太陽放射収集器(太陽熱利用加熱器)に関し(第一欄第一〇行及び第一一行)、「太陽放射の収集器における受熱体であつて、前記受熱体は太陽放射が入射する収集器の一部をなし、その光を利用可能な熱に変換するようにされ、前記受熱体は、運転状況下で安定で熱放射性を有しない光沢金属基板と、太陽光に対しては吸収性を有し、熱に対しては透過性を有し、かつ基板との間で熱伝導性をもつ薄い被覆層との複合体よりなり、前記被覆層は入射太陽放射を吸収して基板に伝導される熱に変換し、それ自体基本的に熱放射性を有しないことを特徴とする該受熱体」(第四欄第九行ないし第二〇行)を発明の要旨とするものであつて、左記の事項が記載されていることが認められる。
i 地球表面に到達する太陽放射は、主として可視スペクトルに集中しており、約二μを超える波長には存在しない(第一欄第一九行ないし第二一行)。
j 良い受熱体であるために、太陽放射にさらされた面はできる限り光反射が少なく透過が少ないもの、すなわち暗色、望ましくは黒色でなければならない。事実、知られている多くの太陽加熱器の受熱体は黒色である。しかしながら、物体がより暗色になれば、高温においてより多くの熱を放射するが、右熱放射は、主として二μ以上の波長を有する(同欄第二六行ないし第三三行)。
k 本件発明の受熱体は、入射する太陽放射を高率で吸収し、かつ、再放射による熱損失を比較的少なくしながら、高温における利用可能なエネルギに変換するのに適するものである(同欄第三九行ないし第四三行)。
l 本件発明の受熱体は、金属基板及びその上に施された熱伝導性の薄い被膜から成る複合体であつて、右基板及び被膜の光及び熱に対する反応における物理的特性は、被膜が実質的に熱を吸収せず、基板からの熱が被膜を通じて実質的に放射せず、かつ、受熱体全体としては光を吸収するが熱は実質的に放射しないように選択される(同欄第四六行ないし第五四行)。
m 本件発明の複合受熱体は、多くの異なつた方法によつて製造することが可能である(第二欄第二七行及び第二八行)。
n クロム一八%及びニツケル八%を含有し、研磨されたステンレスステイールは、約七五〇℃で数分間加熱することによつて、酸化物の形成による暗色を呈する。このようにして得られた表面は、入射太陽エネルギの八〇%を吸収するにもかかわらず、放射率は〇・一二と低い(第三欄第四六行ないし第四欄第三行)。
3 以上の認定事実によれば、引用例1及び引用例2に「不銹鋼を酸化処理して黒色化した面は、いわゆる選択吸収性を有し、これを太陽光吸収面として使用する(若しくは使用可能である)こと」が十分に開示されていることは明らかであつて、審決における公知技術の認定には、何ら誤りはない。
この点について、原告は、引用例1の前記gの記載のみを援用して、「引用例1には、不銹鋼を湿式酸化処理によつて黒色化した金属酸化面は、選択吸収面となり得ないことが開示されている」と主張する。しかしながら、前記gの記載においても、不銹鋼をエバノールにより酸化処理して得られる金属酸化面は、反射率に関しては「五~一〇%と比較的低い反射率を有する太陽熱吸収用の黒色の層を形成する」とされ、選択吸収性を有することを「大きな程度には期待できない」とされているのみであつて、選択吸収性を有することを全く否定されているわけではないことが明らかであり、引用例1及び引用例2の記載全体を通覧するならば、これらの公知文献が、およそ不銹鋼の表面を何らかの方法によつて黒色化した金属酸化面が選択吸収性を有することについては積極的な位置付けをしていることを否定する余地はないというべきである。
ちなみに、引用例1が、不銹鋼をエバノールにより酸化処理して得られる金属酸化面が選択吸収性を有することを「大きな程度には期待できない」理由としている「近赤外において透過性を示さない」とは、引用例1の第七九四頁左欄第四行及び第五行に「放射しない(透過する)」と記載されていることに照らすと、「近赤外において放射率が大きい」という趣旨と解されるが、別紙図面の<1>及び<2>が近赤外(すなわち、二・五μm以下)において描く曲線と、別紙図面二のSTAINLESS STEEL-EBANOL-SSが同波長範囲において描く曲線を対比しても、そこに有意的な差異を見いだすことは困難である。
したがつて、「不銹鋼を酸化処理して黒色化した面は、いわゆる選択吸収性を有しこれを太陽光吸収面として使用する(若しくは使用可能である)こと」が本件出願前の周知技術であるとし、これと本願発明を対比した審決の一致点の認定には、何らの誤りもない。
4 相違点<2>の判断について
成立に争いない甲第四号証によれば、引用例3には、不銹鋼の着色、特に黒色化は幅広く行われ、既知の着色法の活用あるいは新規な着色法の開発が行われていることが記載され(第八五八頁)、着色法の例として、酸性黒色酸化法及びアルカリ性黒色着色法が、具体的な数値を挙げて記載されていることが認められる(第八五九頁)。
そうすると、不銹鋼の表面を黒色化する方法として、酸性あるいはアルカリ性の黒色酸化法は本件出願前の周知慣用の技術であつたことが明らかである。そして、引用例1においても不銹鋼をエバノールにより酸化処理して得られる金属酸化面が選択吸収性を有することを全く否定されているわけではないこと前記のとおりである以上、不銹鋼の表面を黒色化して選択吸収性を有する金属酸化面を得ようとする場合、酸性あるいはアルカリ性の黒色酸化法を想定することに何らかの困難があつたとは、到底考えられない。
したがつて、審決の相違点<2>の判断に誤りはない。
5 本願発明が奏する作用効果について
原告は、本願発明のフエライト系あるいはオーステナイト系不銹鋼の酸性黒色酸化法あるいはアルカリ黒色酸化法による金属酸化面の吸収率は、引用例1及び引用例2に記載されている金属酸化面の吸収率より高く、また、本願発明の集熱器の集熱効率は、引用例2に記載されている金属酸化面を集熱器に使用した場合の集熱効率より優れていると主張する。
しかしながら、集熱器に使用すべき金属酸化面は選択吸収性、すなわち、本願明細書にも記載されているように、ほぼ二・五μmないし三μmを境界として、高吸収率と低放射率を併せ持たなければならないのであるから(前掲甲第五号証の第一欄第二六行ないし第三二行)、単に吸収率のみの高低を論ずることは意味がないと考えられる(現に原告の主張によつても、本願発明のフエライト系あるいはオーステナイト系不銹鋼の金属酸化面の放射率は、引用例2に記載されている金属酸化面の放射率より高いのである。)。また、原告は、本願発明の集熱器の集熱効率と、基本的な引用例である引用例1に記載されている金属酸化面を集熱器に使用した場合の集熱効率との同異を明らかにしていないから、集熱器の集熱効率を論拠とする原告の右主張も直ちに採用することはできない(ちなみに、被告の主張によれば、引用例1に記載されている金属酸化面を集熱器に使用した場合の集熱効率は二八・三%であつて、本願発明のオーステナイト系不銹鋼の金属酸化面を集熱器に使用した場合の集熱効率二八・一%よりむしろ高いのである。)。
したがつて、本願発明によつて得られる吸収面の選択吸収性が、他の黒色酸化処理法によるものと対比し特に優れていると認めることはできないとした審決の認定は正当であつて、審決には、本願発明が奏する作用効果についての看過はない。
6 以上のとおりであるから、本願発明は引用例1ないし引用例3に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
フエライト系あるいはオーステナイト系不銹鋼を、酸性黒酸化法あるいはアルカリ黒酸化法により黒着色してなる選択吸収面を、太陽熱利用集熱器の吸収面として利用することを特徴とする、太陽熱利用集熱器